相澤選手の活躍の陰に芳賀前監督の後押し

 相澤選手がオリンピック内定を決めた4日は、奇しくも4年前に逝去した恩師の芳賀敏郎ふくしま駅伝須賀川チーム前監督の命日だった。
 相澤選手は中学時代に同チームの強化選手に選ばれ、また芳賀さんが創設した円谷ランナーズでも指導を受けていた。
 当時をよく知る円谷ランナーズの水野武代表は「最初は練習について来れなかったが、同級生の阿部弘輝選手(住友電工)と競り合っているうちに強くなっていった」と振り返る。「芳賀さんはよく『考えなさい』と口にし、より速くなるための練習も自分で考え、勉強もおろそかにしないことを指導していたが、相澤選手は忠実に考えて練習し力を付けていった。今の成長にも芳賀さんの教えが生きてつながっている。きっと天国でうれし泣きして、お酒をたらふく飲んでいると思う」と感激を話した。
 また当時の須賀川チームで中心を担い、円谷ランナーズのコーチも務める加藤将士さん(郡山自衛隊)は「本当にドラマみたいで、すごいのひと言。昨晩は関係者で喜びを分かち合った」と興奮した様子を見せた。「相澤選手にも祝福のメッセージを贈り、彼からは『芳賀さんが背中を押してくれた』との返信ももらった。そして今度帰郷したら一緒に墓参りをしようと約束した。相澤選手の活躍を後押しに、円谷ランナーズの子どもたちに芳賀さんの大切にした『走る楽しさ』を伝えていきたい」と述べた。