半世紀ぶりに歌舞伎屋台を再建

半世紀ぶりに再建なった歌舞伎屋台と本町役員

 須賀川市の本町町内会(近藤次雄会長)は日大工学部建築学科住環境計画研究室の学生らとともに、半世紀ぶりに「本町歌舞伎屋台」の復元再建を川合運輸(木之崎)の倉庫提供協力を受けて行った。26日に報道発表し、近藤会長は「将来的に保存会を組織してまちづくりに役立てて行きたい」としている。
 「本町歌舞伎屋台」は町民娯楽の場として明治23年に作成された。翌年の須賀川大火で一部損傷したものの、明治30年に一部復元して須賀川秋祭りでお披露目した。明治33年9月に町内住民の寄付により完全復元(彫刻含む)、明治39年に屋台歌舞伎興行を行った。
 昭和43年の旧118号線開通記念に披露したのを最後に、屋台を解体し本町の収納蔵に半世紀ほど保存されていた。
 本町歌舞伎屋台は高さ6㍍幅5㍍奥行7㍍と巨大なもの。1本の主軸で舞台が回転する「廻り舞台」で、左右に芸座を付設できる仕組みになっている。
 歌舞伎上演中は前舞台の柱2本が取り外せて大きく利用できる仕組みで、近藤会長によると全国的にも類をみない施設とのこと。
 中近笠鉾(なかちかかさぼこ)4本のほか、屋根部分を中心に明治33年の修復で再現された大工職池浦鶴松作の彫刻(裏面に署名あり)が施されている。
 歌舞伎屋台の仕組みや装置も珍しいものだが、収納蔵に保存されていた186もの部材は明治33年や大正14年に補修した現品がそのまま残り、今回の再建作業でもそのまま利用し、出来た当時の歴史を継承している。

明治期の彫刻を今に伝える屋台屋根部分

 屋台補修は今年9月から日大生や星野工務店の協力で、部材の実測や廻り舞台図面を再現することから始まった。現存する画像資料は昭和43年に撮影した写真や120年前の明治33年9月に撮影した写真しかなく、屋台の後ろや屋根部分の再現は困難を極めた。
 200近い部材の組み立て作業は1カ月近くかかり、細部に施された彫刻や明治・大正から伝わる刺繍入りの布幕からも往時の隆盛を感じられる。
 再建された歌舞伎屋台は来月に再び解体し、収納蔵で改めて保管する。再建工程は後日DVD映像化する。将来はお披露目を兼ねて須賀川秋祭りなどにぎわい創出やまちづくり事業で活用していく。