3度目の「サルビアの道」復活

600鉢の移植作業に汗を流す会員たち

 円谷幸吉・レガシーサルビアの会(安藤喜勝会長)は、円谷幸吉選手生誕80年の誕生日である13日、3度目のサルビアの道復活へ、会員ら29人が協力して、市フラワーセンターでサルビアの移植と松明通りなど聖火リレーコースに600鉢を配置した。
 新型コロナウイルスの世界的な流行拡大のため、3月に予定されていた聖火リレーと夏の2020東京五輪・パラリンピックが来年に延期された。
 サルビアの会では五輪機運醸成と予定通りの開催を願い、さらに新型コロナの影響で思うような日常生活が送れない難局を乗り切るための一助になればと「サルビアの道復活」を決めた。
 協力団体の須賀川高校同窓会、須賀川南部地区町内会協議会、須賀川商店会連合会とともに、大型連休前から聖火リレールート沿いの事業所や住民に「里親」としての協力を求め、11月頃まで水やりなど日々の管理を依頼した。
 配置するサルビアは聖火リレーに合わせて展示を予定していた花などで、10号鉢に5本程度移植し、円谷選手の座右の銘「忍耐」を大きく書き入れたステッカーを貼り付けた。
 移植・配置作業にはサルビアの会メンバーら29人が参加し、花鉢一つ一つ丁寧にステッカーを貼り、準備が整ったものから松明通り沿いや公共機関に順次配置していった。
 安藤会長は「来年の聖火リレーと東京五輪でも復活を目指したい」とし、同日正午近くに円谷メモリアルパーク(旧大町よってけ広場)に20鉢を飾った。
 サルビアの会は郷土の誇りである円谷選手の偉業をたたえるとともに、半世紀前にまちなかをサルビアで彩った市民活動を後世に伝える活動に取り組んでおり、3度目の「サルビアの道復活」を通して、会の思いを市内外に発信していきたいとしている。
 まちなかの「里親」となる商店主は「生誕80年の節目に素晴らしい活動。私たちも円谷選手を後世に伝えるため協力していきたい」と話した。
 円谷幸吉選手は1940年須賀川町出身。須賀川一小・須賀川一中・須賀川高校を経て陸上自衛隊に入隊した。1964年の東京五輪日本代表として男子マラソン銅メダル、1万㍍6位入賞など輝かしい活躍をみせた。