円谷幸吉メモリアルパークの銘板除幕式

 

 須賀川市大町町内会(近藤孝一会長)が管理し憩いの広場として長年親しまれる大町よってけ広場が、東京五輪銅メダリストの名前を冠する「円谷幸吉メモリアルパーク」に改称した。関係者約80人が出席して28日、銘板除幕式を行い、近藤会長や橋本克也市長らが江持石製の名称碑をお披露目し、市内に新たな円谷選手ゆかりの名所が仲間入りした。

 大町よってけ広場は2000年に中心市街地の回遊性向上を目的に市が整備し、大町は円谷選手の生誕地であり、選手の足型レリーフやゆかりのモニュメントや写真パネル、物語ボックスなどが設置されている。
 聖火リレーが須賀川入りし、よってけ広場前が通過ルートに選ばれたことから、「メモリアルパーク」への名称変更を望む声が町内会員から盛り上がった。
 新型コロナウイルスの影響で五輪とともに延期が決まったが、須賀川が誇る英雄の偉業を後世に伝えたいと案内板やベンチの再整備など市も協力した。
 名称変更に合わせて記念碑近くの写真パネルを円谷幸吉・レガシーサルビアの会(安藤喜勝会長)が新調し、胸に銅メダルが輝く円谷選手の名前などを入れた写真と、メモリアルマラソン出場選手らを激励するイメージで走る円谷選手の2種類のパネルが新たに掲示された。チャチャチャ21が設置した物語ボックスも新しくなった。
 近藤会長は「円谷選手の56年が過ぎた今も色あせず須賀川と町内にとって誇らしいもの。再びこの地に聖火を迎えられるよう今後も活動してまいりたい」、安藤サルビアの会長は「今回飾れなかったサルビアは小中学校の入学式に配布し、夏にはまちなかにサルビアを飾りたい」とあいさつした。橋本市長の来賓祝辞に続いて、円谷選手実兄の喜久蔵さんら関係者による銘板がお披露目された。
 名称碑は江持石で高さは約2㍍。栄光のゼッケンナンバー「77」とパーク名称などが刻まれている。近藤会長から深谷石材店に感謝状が贈られた。
 市は名称変更に合わせて、休憩用のベンチやあずまやの塗装を塗り替えるなど整備し、レガシーサルビアの会は聖火リレールートに飾るため開花時期を合わせた真っ赤なサルビア270鉢を会場に並べ祝いの日に花を添えた。
 来場者には円谷選手ゆかりの玉木屋本舗の「幸吉餅」(ごま・くるみゆべし)が振る舞われ、円谷選手の母校でもある須賀川高校応援団OBの佐久間安裕さんがエールを送り、偉大な先輩の偉業を後世に伝えるべく機運を高めた。
 なお市は29日までtette1階で「円谷幸吉メモリアルホール移動展」を開き、銅メダルやシューズ、ゼッケン、遺書など選手ゆかりの品々を展示紹介している。