久敬桜の苗木を希望者に

開花し始めた神炊館神社の「久敬桜」

 須賀川地方の総鎮守神炊館神社(須田秀幸宮司)の神葬墓地に、一個人として安積疎水開墾に生涯を費やした、偉人・小林久敬が葬られ、弔いの想いを込めて「久敬桜」が植えられている。
 郡山市に住む歴史愛好家の大槻直司さん(79)は久敬の想いを後世につなげていきたいと一昨年、このサクラから種を集めて自宅の庭で育て、今春は50から80㌢まで大きくなった。今月6日に安積疎水開墾記念石碑がある愛宕神社に苗木1本を記念植樹する。
 大槻さんは二本松出身。郡山発展の基礎となった安積疎水開墾について調べていくうちに、旧二本松藩士や小林久敬らの尽力・奮闘にたどり着き、その偉業や想いを後世に伝えていきたいと須賀川や郡山の知人らと活動を続けてきた。
 調査中に久敬の墓が神炊館神社にあることから須田宮司を訪ね、久敬桜についても詳しく説明を受け、種の提供を受けて自宅前の庭で育て、今春までに50本以上の苗木が順調に生育した。
 育った苗木は仁井田地域で安積疎水に関わりのある知人らに贈り、久敬が人道支援者として刻まれた記念碑がある愛宕神社に1本寄進する。
 大槻さん宅には苗木が13本ほど残っており、須賀川の地で久敬の想いを伝え後世につなげていってほしいと希望者を募り寄贈したいと呼びかけている。希望者は直接、大槻さん(℡080―6023―0442)へ。
 小林久敬は1821年、須賀川町役人の次男。天保の飢きんを機に、猪苗代湖から須賀川へ水路を引くことを決意し、全財産をなげうって国や県に訴え続け、生涯を通して用水路づくりに打ち込んだ。疎水実現への情熱と見識が晩年政府に認められ、民間功労者として明治天皇から銀杯を賜った。
 須賀川市と郡山市には久敬の顕彰碑などが建てられ、その情熱は今も語り継がれている(須賀川市ホームページ参照)。