「芭蕉・曽良・等躬三子三筆詩箋」など市文化財に

 須賀川市は江戸時代から息づく須賀川俳句文化の祖として知られる、相楽等躬ゆかりの史料2点を新たに市指定有形文化財に指定した。11月1日から開かれる市立博物館企画展「須賀川俳諧の祖~その名は等躬」で関連資料とともに展示する。
 指定有形文化財に指定されたのは、「芭蕉・曽良・等躬三子三筆詩箋」(1幅)と「相楽等躬直筆短冊」(2葉)の2件。市文化財保護審議会の答申を受け、9月の教育委員会定例会で議決した。
 今年は相楽等躬生誕380周年にあたることから、芭蕉や等躬の数少ない真筆史料を指定し、須賀川と芭蕉、俳句文化との強い関わりとつながりを広く発信していく。
 「芭蕉・曽良・等躬 三子三筆詩箋」(縦25・5㌢×横133・4㌢)は、松尾芭蕉と弟子の河合曽良がおくのほそ道の旅の途中で、須賀川で8日を過ごした際に、等躬の求めに応じて3人で歌仙を巻いたとの記述を確認できる貴重な資料で、ゆかりの深い須賀川市が後世に継承する文化資源の一つとして静岡県の所有者から購入した。
 今年6月議会に財産取得議案を提案し、2500万円での購入が議決された。
 芭蕉と等躬の関わりを示す貴重な資料としてだけでなく、「おくのほそ道」の須賀川宿に係る記述を裏付けるものとしても重要なものとして注目される。
 もう一つの等躬直筆短冊は、「梅とんで塵無き水を鏡哉」と「あの辺はつく羽山哉炭けふり」の2葉。須賀川俳諧の祖とされる等躬直筆の貴重な資料で、相楽家に代々受け継がれてきた。
 等躬は問屋業を営む豪商だった一方で、石田未得に師事して俳諧を学び、「伊達衣」や「忍摺」などの句集を表すとともに、東北地方の歌枕を集めた「蝦夷文談抄」も記した。旧知の仲であった芭蕉は、等躬を訪れるために須賀川宿に立ち寄ったと考えられている。
 文化財指定された短冊のうち「あの辺は~」の作品は、等躬の菩提寺である長松院(諏訪町)に句碑が遺される。