上人壇廃寺跡の当時を解説

熱心に解説に聴き入る受講者たち

 須賀川市の石背国建国1300年・上人壇廃寺跡国史跡指定50周年記念事業の講演会「上人壇廃寺跡と日本の古代寺院」は1日、市立博物館で開かれ、古代建築に詳しい京都工芸繊維大デザイン・建築学系の清水重敦教授を講師に招き、遺跡から同寺の当時の姿を推測する過程を丁寧に解説した。
 同日から始まった博物館企画展「まぼろしの国石背」の展示室の一室でスクリーンを使った講演となり、市民ら約50人が受講した。
 国史跡上人壇廃寺跡整備委員会の委員も務める清水教授は、都市・建築遺産論を専攻し、都市・建築史学を方法に、土地に関わる文化遺産全般を研究しており、国内の古代建築の復元設計にも多数関わっている。
 須賀川駅の北側に位置する上人壇廃寺跡は、昭和36年の東北本線複線化に伴う発掘調査でその性格等が明らかになり、43年5月28日に東北地方における古代地方寺院として貴重であるとして国の史跡に指定された。
 一辺約80㍍の区画に南門、金堂、講堂が1列に並ぶ、四天王寺式とも呼ばれる特異な伽藍(がらん)配置であり、また寺院内から全国的に類例が少ない奈良時代の六角形の瓦塔(がとう)などが出土している。
 清水教授は発掘調査による廃寺の遺跡からどのように当時の寺の姿を復元するかについて、建物の配置の意味や意義、東北の現存古代建築や古代寺院遺跡との比較などを交えながら解説した。
 同寺の金堂が一般的なものと比較して質素であることが、シャカの墓を意味する瓦塔が中に収められ崇められていたことを推測させるなど写真を交えながら解説し、参加者の関心を集めていた。
 博物館企画展は30日まで無料開放して、石背国と上人壇廃寺跡に関して古墳時代から奈良時代までの資料約100点が並んでいる。
 会期中は常設展の観覧も無料となっている。問い合わせは文化振興課(℡88-9172)まで。