服部兄妹テーマの記念展

市図書展示

服部兄妹の功績や人物を紹介するコーナー

 須賀川市図書館は来年1月末まで「須賀川の偉大な先人たち~服部兄妹~服部躬治・服部ケサ・水野仙子」をテーマに開館100周年記念展を同館で開いている。
 昨年迎えた100周年を期に、今年度から「須賀川の歴史」をテーマに、明治・大正に発行された服部兄妹が成し遂げた偉大な功績に関する本や写真、人物を紹介している。また2階には郷土資料や作家の本なども展示している。
 服部ケサさんは兄の影響で文学を志して上京し、「女子文壇」に投稿するなど、早熟な文才と情熱には目を見張るものがあったと言われている。
 しかし家族の相次ぐ疾患と看病に当たったことがきっかけで医師を目指すこととなった。21歳、東京女子医大で学び、両親の死別という悲しみを乗り越え、医師への志をさらに強くしたケサさんは、最難関の医師試験に合格した。
 看護師として東京三井慈善病院に勤め、多くのライ病患者と向かい合い、その病状に心を痛め、治療に一生を捧げることを決意した。
 鈴蘭病院は昭和6年に国立療養所・栗生楽泉園となり、その後もライ病医療に大きく貢献している。
 水野仙子さん(本名は服部テイ)は1903年に須賀川尋常高等小学校(現須賀川一小)を最優秀の成績で卒業し、須賀川裁縫専修学校に入校したころに「少女界」に小説を投稿。1908年からは「女子文壇」に全投書の掲載を約束された。
 1909年に「文章世界」誌に発表した「徒労」が編集主任の田山花袋に激賞されて上京し作家となった。デビュー作は「水仙の花」、代表作は「娘」「徒労」「嘘をつく日」などがある。
 服部躬治さんは4人兄妹の長男で明治8年生まれ。22歳で上京し国学院で学ぶ。落合直文に師事し短歌を詠み、多くの歌を発表した。教員として後進の指導にもあたった。代表作は歌集「迦具土(かぐつち)」がある。